平成12年8月某日
NHKテレビから取材があった。「とびっきり京都」というBSで放送されている番組だ。
今回は「いにしえのデザイン」と題して、旅人(ゲスト)が京都に残る古い文様を訪ねてまわるという企画らしい。
しかしこの時の取材では、まだそのゲストが誰であるか、知らされなかった。
それから一週間ほど経った頃、テレビの芸能人ニュースでスキンヘッドの夏木マリを見た。黒のロングドレスに黒のサングラス、そのファッションには大変驚いた。
それからまる二日間、夏木マリのかつてのヒット曲「絹の靴下」が私の頭の中を駆けめぐった。しかも出だしの歌詞が思い出せないまま一日中何度も何度も。
そして三日後NHKからゲストが知らされた。なんとそれは「夏木マリ」であった。
平成12年9月7日
驚きと興奮が冷めぬまま、我が工房にてロケ撮影の日がやってきた。
撮影はその日の夕方から始まった。
日の明るいうちに「夏木さんの訪ね歩くシーン」と「工房ののれんをくぐるシーン」を撮っておこうというのである。
この日の夏木さんは黒のノースリーブにロングスカート。そしてロングブーツに黒マントと黒ずくめ。頭は数日前にテレビで見たままのスキンヘッドだった。
しかし実際目の前にして本当に驚かせられた。その出で立ちから異様な美しさを感じたのである。例えるならば昔、テレビドラマで見た西遊記の三蔵法師様のようであった。
ところで話は変わるが、局は全くく違うが、以前一週間に渡り毎朝、ラジオで大宮華紋について話をしたことがある。専門用語は一切使えず「色で染め上げた家紋(大宮華紋)」を説明するのに大変苦労し、緊張もした。
さらに話の内容は本番直前まで知らされず、いきなり質問内容の用紙を見せられた。インタビュー形式だが質問者の声はラジオには流れないという。
1時間半に渡るぶっつけ本番。何度か頭の中が真っ白になり思うように話せなかった。
局側は「物作りの人が我々プロように、うまくしゃべられたのでは視聴者は耳を傾けてくれない。たどたどしさや、間(話に詰まったような)が効果的なのです」という。しかしこれにはかなりの不満を残こす事となった。
今回の撮影ではラジオとはうって変わって、本番前日に台本がファックスされてきたのである。
テーマが4つ有り、私が話す事はだいたい決まっているようだ。
ゲストとの対話は1つの話で7、8行。私の訴えたい事の内のほんの一部である。しかし今回は何よりも映像を通して皆様に見て頂ける。これは私にとって大変幸せな事だ。
午後6時
「本筋から外れなかったら話をどんどん続けて下さい」とディレクターに本番前の20分間ほどの打ち合わせで言われた。
これにも驚いたが、夏木さんと肩が触れ合うほどに並ばされた事が何よりも一番の驚きであった。
そんな気持ちの高まりが緊張に変わり、ついに対談が始まった。
ご自分でも「文様には興味がある」とおしゃった夏木さん。とても身近な人のような好感を持つことが出来、その気さくな人柄や優しさにより気持ちがほぐれ、本番には程良いテンションで挑む事ができた。
1カット目は大宮華紋を仕上げ、完成するところから始まった。打ち合わせ通りの対話は1分で終わったが、後はディレクターの指示通り話を続けた。ところが5分が過ぎ10分経ってもカメラが止まらず、話がうけているのか否か途中で訪ねるわけにもいかず、不安になってきた。結局15分ぶっ通しでやっと終わったが、「けっこう面白かった」との事。安心はしたが初っぱなからかなり疲れてしまった。
続いて2カット目。
打ち合わせから本番に入るのだが夏木さんがうまく私を乗せてくれる。お陰で気持ちよくハイテンションで話しを続ける事が出来た。流石は大物女優であると本当に驚かされた。
番組放送の中の大宮華紋の枠はわずか数分だったのだが、対談時間は2時間半。カメラの回っているのは1時間半。かなりの長時間に驚き、また疲れた。
以前のラジオも今回のテレビでも感じた事だが、「作り手(私)の主張」と「局側が聞かせたい、見せたいもの」にはいつも若干のズレがある。
お客様が求めている事以上に作り手が先走りしてしまい、結果的には職人の独りよがりになるのだ。しかしその事に気づいていながらも、作品作りに忘れてはならない大切なテーマなのである。
局側の作り上げたイメージがすでに出来上がっているため、私の言いたい事や見せたいものが多少変わてしまったが、無事最後まで勤めさせて頂き感謝している。
今回のテレビ出演での新たな発見の一つは画面を通しての大宮華紋である。
今まででは表現出来なかった世界を見せて貰えたのだ。小さな家紋が画面に大きく色鮮やかに生地目もはっきり写し出せる。これは作者の私自身、鳥肌が立つほど新鮮に目に写った。
それに嬉しかったのは、私が個人的に気に入っていた「月に蝙蝠」という家紋を大きく取り上げて頂いた事である。一般にはあまり受け入れられないイメージのある蝙蝠を見事にまでも美しく魅力的に演出されていた。
テレビの持つ力。全くこれには頭が下がる思いであった。
京都をテーマにした番組である今回の「いにしえのデザイン文様」は、正に日本全国に向けて京都から発信する「伝統文化の心髄」だと言えよう。
今、忘れ去られようとしている日本の「美」。
我々が日本人である以上、もっと誇りをもって世界へ。そして次世代へと伝えるべきだと確信した。美しいものはいかなる民俗も、また時代をも越えて人々を感動させる。
私はそう信じている。
最後に
この我が工房での撮影で私が立ち合ったのは二日間。
延べ時間6時間という長時間、NHKの皆さんどうもありがとうございます。
そして夏木マリさん。お逢い出来た事を本当に嬉しく思います。
撮影が終わった時、私が思い出せなかった「絹の靴下」の出だしを歌って下さいましたね。
この日を境に夏木さんの大ファンになりました。実物も画面を通してもとても素敵でした。
本当にありがとうございました。
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