近年、ご家庭でのお着物のお手入れの失敗で、当社へ後始末の依頼が増える傾向にあります。
その幾つかの例をご紹介しましょう。
これらは全て間違った方法による結果です。
昔からの誤った方法が定着していることや、それに加えて「家庭で出来るお手入れ」と称したマニュアルが増えたことにあるでしょう。
マニュアルには絹繊維以外のものを対照としているものがあり、また絹を対照としているものでも、作業にはかなりの熟練を要します。
絹のシミ抜きをこなすには絹やシミの性質をよく知ることから始めなければなりません。
シミは「油性」「水性」「両者を含む」などに大別できます。
油性のシミはベンジン、シンナーなどで落とし、水性は基本的には水で落とします。両者を含むものはその両方がが必要ということになります。
【絹の性質】
絹は水に濡れるとふやけた状態(膨潤・ぼうじゅん)になります。この状態で摩擦を与えると「スレ」を発生しやすくします。スレとは繊維の表面に付く傷のことであり、斜めから見ると白けて見えることで判断します。一般的に「毛羽立ち」と混同されていますが、毛羽立ちは生地が乾燥状態での摩擦で発生するものであり、毛玉(ピリング)の原因となります。
※当サイトではスレを「毛羽状」と表現する場合もありますが、あくまでも毛羽立ちとは区別されます。
上記の殆どは水を使って失敗したという例です。ご家庭での水を使ってのシミ落としは極力避けて、ベンジンで落とせる範囲のみにして頂きたいものです。
例えば衿や袖口汚れなどの薄汚れ。ベンジンでの有効範囲は基本的に油汚れです。食べ物の油成分やファンデション、口紅などの化粧品。しかしいずれも色素が濃いとベンジンだけでは限界があります。泥ハネは乾いてからベンジンのブラッシングで大まかには取れます。
ベンジンの使い方は、最初からベンジンの料を惜しまないことです。たっぷりとベンジンを付け、大きくぼかし、ブラッシングと拭き取りを素早く行うことです。乾燥もスピーディーに、ドライアーは必ず冷風で周りから乾かすのがコツです。
様々な予期できないアクシデントがあり、上手くいかない場合は専門店にお任せすることをお薦めします。
※ベンジン用のしみ落としブラシは専用がありますが、先端の平らは堅めの歯ブラシでもかまいません。
絹の染め着物のシミ落としはもっとも難しいとされます。では上記の失敗例についてもう少し詳しく説明をさせて頂きましょう。
シミ落としの際の摩擦が原因で発生したスレです。生地が濡れている、或いは湿っている状態で擦るなどの摩擦は禁物です。また濡れている時にはスレは見えず、乾いて初めて気がつくというところに危険が潜んでいるのです。叩くのも気が付かないうちに角度がついて摩擦を起こてしまう危険性があります。
水を使っての上手なお手入れとは、シミ付いている方を濡らし、シミが溶け出すころを見はからって乾いた布またはティッシュで押さえ吸い取ります。つまり濡れた方から乾いた方に水と共にしみを移動させるのです。
洗浄液で溶けたシミが、落ちきらず繊維の奥に染まり込んだ状態です。
特に水を使った場合、シミが溶けて落ちやすくなると同時に、生地も膨潤現象によりシミが繊維の中に染み込みやすくなります。
水により溶けたシミを、染まり込むまでに生地から離してしまわなければなりません。タイミングやテクニックを必要とします。
これは水やベンジンによって溶けたシミが周りに移動したというものです。水の場合はシミ取りの布やティッシュに上手く移動し切れず、またベンジンの場合は十分に拭き取れず、ぼかし方も甘かったといえます。
上手なお手入れは狭い範囲で処理をすることです。但しベンジンは際が付かぬよう大きくぼかします。
生地には水やベンジンで溶ける不純物が含まれており、それらが洗浄時に移動するのです。このケースも作業時には見えなく、乾いて初めて気がつくのです。
上手なお手入れは、水の場合濡らす際には霧吹きでぼかす。ベンジンの場合も大きくぼかしながらの洗浄と拭き取り。つまり最初から最後まで周りは絶対際付かさないのがコツです。
また仮に縫い目が近くにある場合は、ぼかさず縫い目まで濡らす方が良い場合もあります。
タンパク質が含まれているシミには湯など、熱を加えるのは禁物です。特に動物性もの、血液や排泄物、食べ汚しにも注意が必要です。タンパク質は熱によって固まる性質がありますから、完全に落ちるまでアイロンがけも禁物です。
堅牢度の低い染め物が洗浄液や摩擦により流れ落ちた例です。定着の弱い染めのシミ落としには注意しなければなりません。特に藍染めや泥染めなどの顔料系の色落ちは防げませんから前もっての色落ちテストが必要です。
堅牢度の低い染料が洗浄液により移動したものです。5と同様、流れ出した染料や顔料が落ち切らないで定着した例です。作業中に色がにじみ出したら即中止しなければなりません。