染色補正

はじめに

染色補正業とは染色工程上、又はその後の事故による損傷を元通りに直す事を目的とした職種の事です。手がけた痕跡を残さない陰の存在でなくてはならないのです。
着物作りの理想は我々の出番を必要としない事。制作工程上での事故のない事を願い、そのための予防策や管理方法なども提供していかなければならないのです。
消費者様へはお着物を安心して、また永く愛用して頂けるよう、着用後のお手入れや管理のアドバイスも重要な使命として日々努力をしています。
私どもは言い換えれば着物の医者なのかも知れません。

歴史

この職種の歴史は享保年間における御所衣装の手入れを行う「御手入司」に始まり、その後、時代の流れと共に作業内容も変化し、呼び名も変わってきました。

※「落とし物屋」「しみ抜き屋」「地直し屋」「呉服調整」など。
※ 「染色補正」と呼ばれ始めたのは1972年頃からです。

作業内容

簡単に言ってしまえば、シミを抜いて元に戻すという事ですが、シミ抜きの方法は物理的に生地から洗い落とす方法と、科学的に抜染する方法に分かれます。
前者を離脱(生地から不純物を離す)後者を漂白(シミを科学的に見えなくする)と区別します。
例えば判別出来ていないシミを抜く場合、まず離脱作業で出来るだけ不純物を洗い出します。それでも落ちきらない場合、そこで初めて漂白作業に取りかかります。
ところがその残ったシミ(染料ジミも含む)を漂白する為にどうしても生地の元色が余分に抜けてしまう事があります。
それを補う作業が色掛けです。この色を挿すという作業は、手描友禅のように色がはみ出さないように糸目というゴムやのりを置かず、しかも斑を出さずに足らない色だけをうまく補います。これらの作業を地直しと呼びます。
この補正作業はシミ(染料ジミも含む)の種類によって、離脱作業だけで済む場合もあれば、漂白から始める事もあります。
このように私どもはシミや難の正体を判別した上で離脱・漂白・色掛けの作業を色々組み合わせて作業を進めていきます。そして生地を傷めずその痕跡を残さないように仕上げるのです。
当社で手がけている色々な直しや紋入、その他の加工全般も上記作業の応用です。
これらの技法は私どもの基本となっております。

※大宮華紋などもこれらの技法を用いております。

作業項目

主な損傷

先染め、後染めに共通して起こる損傷

  • スレ
    摩擦が原因で起こる生地の損傷で、生地が濡れた状態で起きる現象。光の乱反射によって斜めから見ると白っぽく見えるのが特徴。(※生地が水分を含んだ状態で起こる)
  • ヘタリ
    乾燥状態で摩擦や圧力がかかった場合、生地の表面が押された状態になる。スレとは逆の症状で正面から見ると白っぽく、斜めからは濃く見える。(※生地が乾燥状態で起こる)
  • チョークマーク
    生地に残った不純物が生地を硬くし、表面の弾力性も悪くする。その為ほんの僅かな摩擦でもチョークで描いたような症状を残す。ヘタリと同じように正面からは白っぽく見える。(※生地が乾燥状態で起こる)
  • 毛羽立ち
    摩擦で繊維が縦に裂け、セリシン中にある分離繊維が表に現れた現象。毛玉(ピリング)の原因にもなる。生地の表面にほこりが付いたように白っぽく見える。(※生地が乾燥状態で起こる)
  • 糸引け
    生地の一点が何らかの原因で糸が引出され、縦または横に光沢が出てしまう状態。
  • スリップ
    生地の横方向に圧力が加わり、経糸が一方向に寄った状態。
  • 補足
    【先染め】:糸を染めてから生地に織り上げる。一般的にいう織物の事。
    【後染め】: 白糸を生地に織り上げてから染める。一般にいう染め物の事。

難の種類

  • 染難
    染色工程上で起こるトラブル。特に京友禅は多くの行程に分かれており、難の種類も大変多い。しかし手作りの場合、ある程度の事はその持ち味としての特色になる場合もある。それもまた一つの面白みとなる。
  • 織難
    織りの工程上で起こるトラブル。染難同様これもまた様々な種類がある。角度によって症状が変わって見える為、直しの点では染難より難しい。
  • 代表的な織難
    【織段】: 織難の一種で横に発生する段。特徴としては生地目にそっており、角度によって見え方が変わることが多い。
    【フシ糸】: 浮き糸・糸の結び目・生糸の節・ごみの織込みなどの生地難で、引染により色だまりを起こす原因となる。
    【サシ】: 織難の一種。原因は複雑で生地の縦方向に対して平行に起こる縦筋のムラ。

補正の種類

  • しみ抜き
    染色や織の工程上でつくシミは種類も多く複雑でまずそれら選別が必要。そしてもっとも適した方法で生地を傷めず直さなければならない。
  • はき合わせ(色はけ)
    染色や織りの工程上での色斑や織難による斑、また、製品になってからの色焼け、仕立て上り品の合口の色違い。これらの難を元に修復するための色かけの手段。染料を含ませた刷毛を掃くようにして色を合わせた事が語源。今では機械化も定着してきた。
  • エバ汚れ洗い
    仮絵羽(仮縫)した着物をほどき汚れを洗い落とす。
  • やけ変色直し
    紫外線やガス、残留物により染め物の色が退色したものを色を掛ける事により元の色に再現。
  • かけつぎ
    生地のやぶれや穴を直す作業。
    織物(先染め)の緯糸(ぬき糸・横糸)による難の場合、さし替えも可能。
  • 柄足し加工
    どうしても落ちないシミや直らない傷に違和感のないように模様を足して見えなくする作業。合口の模様のずれについても同様。
  • 金彩加工
    変色したり傷んだ金加工を再現。難を隠したり商品をより豪華にする為にも対応出来る。
  • 織段直し
    光の乱反射により角度が変わると症状が違って見えるため、直る確率は低い。しかし先染めの色ムラによる織段は染め難と同様直る確率が高い。
  • フシ糸直し
    織り傷による凹凸は直せないが、後染めによる色溜まりは抜染や色掛けにより直す事も可能。
  • サシ直し
    掃き合わせによりある程度は見えにくく出来るが、全体になると直せる確率は低くなる。
  • スレ直し
    助剤や染料で乱反射を一時的に見えにくくする事で限界。
    スレと毛羽立ちは繊維が削れたり剥がれたりする損傷のため、物理的に直すのは不可能。引き染めをする前にスレ(削り起きた状態)があった場合、染め上げるとその部分は斜めからは見えにくくなるが、正面からは濃く見えてしまう。
    着用後の染め直し(引き染め)の場合、危険性はかなり高い。
    ※浸染の場合、症状は変わらない。
  • ヘタリ直し
    生地に水分を含ませたり、熱を与える事で直る事が多い(ただし限度はある)
  • チョークマーク直し
    水分を含ませたり、乾燥させて全体を白けさせる等で、一時的には消えるが、これが解決策では無く、生地を根本的に柔らかくする柔軟加工機による柔軟加工が必要。
  • 糸引け直し
    一方に引けた糸を元に戻す作業。緯糸(横糸)はある程度戻せるが、経糸はかなり困難。
  • スリップ直し
    一方に寄った経糸を元の位置に戻す。

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