「雨乞い象徴紋 成長の瑞龍「雨龍」」 家紋研究 (有)染色補正森本

雨乞い象徴紋 成長の瑞龍「雨龍」

雨龍
雨龍

家紋で龍紋といえば、その代表的なものが「雨龍」だ。
雨龍とは何か? 雨龍が家紋に選ばれた理由とは? そしてその正体とは?

この章は家紋研究のリニューアルに伴って、追加したものである。
その執筆には現在家紋研究家として活躍中の森本勇矢が担当。
現在までに『月刊歴史読本』の「家紋拾遺譚」で二回、「ブログ家紋を探る」でも書かせて頂き、今回で四回目の雨龍となる。
ブログでは「雨龍とは?&大宮華紋ハンカチ」というタイトルエントリー。
ここで書かせて頂く雨龍はブログで再度書く予定をしていたものを編集して掲載したものである。(少々長い上にまだまだ書き足りないですが最後までお読み頂ければ幸いです)

第一話 「龍について」

雨龍について書かせて頂く前にまずは「龍」について触れていこう。
中国で生まれた伝説上の動物「龍」。龍について知らない方はおられないだろう。
龍は吉祥とされ日本でも様々な文様として描かれ、馴染み深い伝説上の動物である。
現代においても様々な場面で龍を見かける機会も多い。

伝説上の動物の多くは様々な動物の一部を組合わせたデザインであることが多い。龍もまたその典型である。
余談だが、伝聞で伝わった動物が変化したケースなどもある。
例えば、獅子はライオンである。しかしこのライオンは現代の我々が知るライオンとは違い、ペルシャに生息していたというライオンであり、現在では絶滅している。これが伝聞で中国に入り、獅子となった。他に麒麟(きりん)。これも当時の中国人は見たことが無い。これも伝聞によりイメージで描かれたものであろう。「キリンという首が長くて角がある動物がいる」という話からイメージで出来たもの。まさかキリンの首があそこまで長いとは想像出来なかっただろう。

さて、話を龍に戻そう。
龍は水中や地中に住み、空を飛び、雲や雨を起こし、稲妻を起こし放つ霊獣とされ、全ての生き物の祖と言われる。そのため各生物の長所を持ち得ている。
その形状は様々な動物に似ると言われる。また出典によりその説にも様々である。次にある程度まとめた。

  • 角=鹿
  • 頭=駱駝(らくだ)
  • 眼=兎(または鬼=幽霊)
  • 体=大蛇
  • 腹=蜃(しん:伝説上の動物。巨大蛤や龍という説がある)
  • 背中の鱗=鯉
  • 爪=鷹
  • 掌=虎
  • 耳=牛

口辺には長髯、喉下には一尺四方の逆鱗、顎下に宝珠を持っているとされる。
また喉下の逆鱗に触れると怒るといわれ、中国では帝を龍に喩え、王子が怒るのを「逆燐に触れる」といった。

龍には階級が存在する。
「龍」「蛟(みずち)」「應(おう)・蜃」「蚪(と)」「璃(ち)・蟠(ばん)」の順で五段階に分類される。天に近づくほど位が高く力もある。
『瑞応記』(年代不明?)では「黄龍は神の精、応龍は四龍の長」と記される。四龍とは蒼(青)龍、紅(赤)龍、白龍、黒龍のことをいう。これもまた出典により違いがあり、黄龍と応龍が同一視されることも多い。東西南北を司る四聖獣の青龍(東)もまた有名である。京都では八坂神社(感神院祇園社)が青龍である。また東西南北の中心を守るのは黄龍であるともいわれる。
龍について書き始めると切りが無いのでこの辺りでとどめておく。

文様で描かれるものは大まかに分けると2種類で、最上級の龍と最下級の璃龍(ちりゅう)である。

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第二話 「家紋としての龍」

三つ鱗
三つ鱗

北条家鱗
北条家鱗

家紋として使用する氏族も多く、紋帖にも多数掲載される。
鱗紋を主とする豊後国大神氏の一族(緒方氏、三田井氏、高野氏、清田氏、大賀氏など)。他に坂上氏、立見氏、佐太氏、深水氏、大塚氏、善氏、浅野氏、此企氏、小比賀氏、倶利伽羅氏。さらに龍や竜などの名字を用いる氏に多い。

実際に墓地を巡っていると極希に龍紋に出会うことはある。
ただ、こちら京都で見る龍紋の多くは霊園で見られ、墓石を見る限りではどうやら大陸系が多いように思える。(墓に刻まれる名字が帰化姓や通名であることが多い。墓石に本姓が刻まれることが多いので判断しやすい)

※右画像「三つ鱗」:鱗紋の鱗は龍の鱗のことともいわれる。大和の三輪山を象ったものという説もある。三輪山には大蛇伝説もある。鱗紋は北条家の紋としても有名である。この紋章は古墳など古代から見られる文様であり、元々の正体は不明。よく某ゲームもトライフォースと同視される。

家紋の図柄として用いられるのは「龍」「雨龍」「龍の爪」「龍の鱗」の4種である。
様々なパターンで描かれる龍は真向き、右、左と存在し、その身体を円形にさせることによって紋章らしさを出している。

龍の家紋の一部
真向き龍の丸
真向き龍の丸
左龍の丸
左龍の丸
日蓮宗龍の丸
日蓮宗龍の丸
龍剣の丸
龍剣の丸
龍の鱗
龍の鱗
玉持龍の爪
玉持龍の爪
違い龍の爪
違い龍の爪
丸に龍剣に一文字
丸に龍剣に一文字

下の列に並べた紋は龍そのものを描いたものでは無い。
例えば、「玉持龍の爪」は爪で宝珠を掴む様子を表しているしているし、五爪ではなく、三爪であることも興味深い。(龍の爪については第三話にて)
「丸に龍剣に一文字」という紋は紋名に「龍剣」と含まれるため、下部に覗いているものが龍剣なのだなと連想出来る。が、しかしこの紋の使用家が元々が桔梗を使っているため、龍剣とは元々は桔梗であったという説もある。

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第三話 「雨龍は璃龍」

左雨龍
左雨龍

雨龍について説明させて頂こう。まずはその読みだが、これも様々。
「あまりょう」「あめりゅう」「うりゅう」「うりょう」
私が好んで使うのは「あまりょう」であるが、話す人に合わせてその読みを変えることもある。一般的には「あめりゅう」と呼ぶ方が多いかもしれない。

さて、第一話で龍には格付がされていることを書いた。特によく目にする龍はその多くが応龍と呼ばれる龍である。一番の特徴は五つの爪を持つことだろう。(出典によっては三爪とも)
五爪龍は最高位のである。中国において皇帝の象徴ともされる。そのためか日本で見られる龍の多くの爪の本数は三つであることが多い。玉持龍の爪紋も三つである。
先に示した通り、五段階の位に分かれるが、これは龍の成長を示すものでもある。
雨龍はこの五段階の内の最下位であり、「璃(ち)」と呼ばれる龍のことであり、「璃龍(ちりゅう)」のことであり、幼龍であるともいう。
その出典により異なることも多く、「蛟(みずち)」と同視されることも少なくない。
例えば『述異記』(460~508)では、「泥水で育った蝮(まむし)は五百年にして蛟(雨龍)となり、蛟は千年にして龍(成龍)となり、龍は五百年にして角龍(かくりゅう)となり、龍竜は千年にして応龍になり、年老いた応龍は黄龍と呼ばれる」とある。
璃龍は日本では雨龍と呼ばれる。すなわち「雨龍=璃龍」なのである。
この雨龍の最大の特徴は「角が無い」ということ。様々に描かれる雨龍の形状も一定ではないが、その特徴にはやはり「角が無い」「体が水のような雰囲気」などである。

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第四話 「登龍門」

龍門の彫刻
龍門の彫刻

長い年月を得た鯉が龍になるという伝説がある。これが「登龍(竜)門」という言葉である。
先日、知人から右図版の写真を頂いた。(掲載許可済み。無断転載禁止)
中国に行かれた時にとある博物館で撮影された「龍門」だそうだ。まさしく登龍門である。
因みに登龍門は竜鯉(りょうり)とも呼ばれ、鯉幟(こいのぼり)の語源でもある。

鯉が龍になる、とはいえ、そのままテンプレート的な龍にいきなりなるということではなく、徐々に徳を積むことによって成長していくのだろう。
日本昔話などでは何かが龍になってしまう、ような話はあるが、それらはいきなり我々が知る龍の姿をしていることが多いが、そのようなことは決して無いということである。

竜鯉

歳を経た鯉は登龍門を越え、竜鯉となり、その後、龍となる。その一番の初期段階が璃龍なのだろう。
第三話で引用した『述異記』では蝮から龍になるというが、いずれが間違っているとかそういう問題では無いと思える。
鯉が龍になることもあるし、蛇が龍になることもあると考えれば良いだけのことだ。
面白いことにこの竜鯉の絵が江戸時代の文献に掲載されていることを最近になって見つけた。
これは『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(正徳五年・1715年)の「四十五 龍蛇類」に掲載されるもの。字こそ違うが、竜鯉である。まるでトカゲのようだ。
『和漢三才図会』とは中国の百科事典『三才図会』を日本流に作成したものである。つまり江戸時代の百科事典といえばわかりやすいだろう。
この文献は全105巻(冊数で言う79冊)プラス3巻(?)(『和漢増補繪本寶鑑』)で、江戸時代に使われていた道具や風俗などその他様々なことが書かれ、絵もあることから、非常に見ていて飽きない。
面白いことに伝説上の動物などのことまで書かれている。中には妖怪まで書かれていることも興味深い。
実在しないものまでもが然も実在するかの如く掲載されているというのは近代には無い考え方だで非常に面白く興味深い。

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第五話 「雨乞いの象徴」

神泉苑
神泉苑

璃龍が何故雨龍と呼ばれるようになったのかについては『歴史読本』で書かせて頂いた。

雨龍を語る上で、実は最も重要な場所がある。
それは京都にある「神泉苑」である。
神泉苑では雨龍を紋にもしている。

日本は古来より農耕文化がメインであるため、水は非常に大切なものであり、最も重要なものである。
人が生きるために必要な要素であるからそれは当たり前の事なのかもしれないが、日本ほど水に関わる信仰が多い国も珍しいのではないだろうか。
歴史的に見ても干ばつで苦しんだ時代も多く、そのたびに行われていたのは雨乞いの儀式である。

善女竜王
善女龍王像 
長谷川等伯・画 
安土桃山時代 
七尾美術館
神泉苑
神泉苑の御朱印の一つ

雨乞いという儀式は必ず水辺で行われる。神泉苑はその名が示す通り、最も優れた水であると信じられていたようだ。
雨龍というその名称から考えても水に対する信仰を具現化したような存在であるというのは間違いないであろう。
そこで私が注目したのは『古事記』や『日本書紀』に登場する水に関わる神の存在たちだった。『歴史読本』ではその辺りに触れている。

さて、神泉苑における雨龍に関わることを簡単に言うと、京都の神泉苑(見た目は神社だが、東寺が管理する立派な寺である)に祀られている善女竜王の伝説、つまり空海と守敏の呪術対決から始まっているようである。
この神泉苑で初めて雨龍の名称が登場するのは静御前が行った雨乞いの時からである。
この頃から「雨龍」という言葉が使われ始めているようだ。
静御前は後白河法皇より授かった、御衣を着て舞ったといわれるが、その御衣は「蛙蟆龍(あまりょう)の御衣(舞衣)」という。
この御衣の名称は空海が神泉苑に召喚した善女竜王のことを指すようだ。つまり雨龍とは善女竜王のことでもあったのである。
善女竜王とはインド神話の八大龍王の沙竭羅竜王(シャカツラリュウオウ)の三女である。因みにこの沙竭羅竜王の読みも様々で「サガラ」や「サカラ」の場合もある。例えば明治維新以前の八坂神社は感神院祇園社といったが、その頃の祀神の東座は沙竭羅竜王だが、その読みは「サガラ」である。
(善女竜王についてはいずれ別の機会で詳しく書かせて頂きたい。尚、先にも触れたとおり『歴史読本』に書いた原稿では詳しく書かせて頂いている)

神泉苑
善女竜王社前の舞台(静御前はこの舞台で舞ったとされる)

神泉苑で見られる雨龍
神泉苑で見られる雨龍

神泉苑でみられる雨龍
神泉苑では至る所で雨龍が

恵方社
恵方社
その年の吉兆の方角に向かせるという日本唯一の回転式(?)の社。
ここに祀られるのは歳徳神。ここにも雨龍が見られる。
※ここでは今回はあえて触れないが、歳徳神も実は雨龍に繋がっていく。

『歴史読本』では「雨乞い象徴」として雨龍が持て囃されるようになったと書いた。雨龍がどことなく愛らしい印象を受けるのは庶民の雨龍信仰が深かったからでは無いかと考える。
河川や湖、池や沼や井戸など、水に関わる場所の多くには「龍神信仰」が付き物である。
水の恵みは龍がもたらしてくる。そんな信仰であるが、逆に龍神は恐れられるものでもある。

龍は「水」「雷」の象徴である。そして龍は神であり、神の使いである。
これらを示す言葉の一つに「チ」がある。
「田霊(たち)」=「辰・竜(たつ)」、「水霊(みずち)」=「蛟・美都知」、「丘霊(おろち)・遠呂智」=「大蛇」、「厳霊(いかづち)」=「雷」などなど。
神の名でも多く見られ、例えば大国主命(オオクニヌシノミコト)の若い頃の名はオオナムチ。
「チ」が示すのは「知」であり、「智」であるが、語尾に「チ」がつくものの多くは「龍」や「蛇」を示すものが多いようだ。
「蛟」と「璃龍」が同一視されることが多いのも龍の中で「チ」が付く名称を持つからであろう。

時として恵みの水は水害をもたらす。それを龍神の怒りと捉えるのは必然なことだ。
雨龍はいわゆる龍のように恐ろしい描写で描かれることはない。
愛らしい印象を受ける雨龍は人々に愛される、いや、親しみやすい龍神だったのだろう。

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第六話 「雨龍の姿」

神泉苑 雨龍(『和漢三才図会』より)

様々な形で描かれる雨龍であるが、絵で見ると少々変わった雰囲気の龍程度にしか思えない。しかし家紋で雨龍と呼ばれる紋はずいぶんと風変わりであり、一般的にイメージする龍とはかけ離れている。
文様にも雨龍は存在するが、これはどうやら紋の形状が先であるようなのだ。つまり紋として意匠化された雨龍がやがて文様にもなったということである。
これは非常に珍しいことだ。家紋の源流の多くは文様から発展している。しかし雨龍はその逆なのである。

左図は雨龍を描いた文様。これは今触れた雨龍文様とは違う。
これは雨龍紋の雰囲気は全く無いが、後にこれが雨龍紋へと進化する。その進化した雨龍紋はまた逆に文様、例えば着物の小紋柄などに使用されていくことになる。
右図の下部に描かれているものが何かは不明だが、形状が宝珠に似ているようにも見える。
実は雨龍と宝珠(擬宝珠)の組合せは多々見られる。例えば琵琶湖の竹生島の竹生島神社の神紋には「雨龍に宝珠」が使われている。
右画像は『和漢三才図会』より。璃龍の字は違うが読みに「あまりゃう」と書かれていることにも注目頂きたい。

雨龍(江戸期) 雨龍(江戸期)
雨龍紋(江戸期)

右図の内左は江戸期の紋帖に載る雨龍。右は『新選紋所帳』(天保四年/1833年)という文献に載るものだ。図案集であるため、家紋ではない。

龍といえば迫力のある様子を絵にしたものなどをよく見るが、雨龍を描いたものには迫力もないし、どこか弱々しい印象も受ける。
璃龍は「井戸に住む臆病な龍」という話もある。そんな様子を描いているのかもしれない。

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第七話 「家紋としての雨龍」

雨龍(江戸期)
紋帖『紋典』龍紋の頁

紋帖に載る龍紋の内、半分近くが雨龍である。
家紋の全体的な使用率から考えると龍紋を家紋として使っている家は現在そんなに多くはないだろう。
「第二話 「家紋としての龍」」でも触れたとおり、私の地元京都における家紋調査では日本の家が龍紋を使っているケースは少ない。
家紋は地域差があるため、「京都では少ない」ということだけかもしれないが、印象としてもあまり使われていないように思える。
紋帖でも龍紋の数はそんなに多く無い。右図に挙げたのは数ある紋帖の内、最も数が多く掲載される『紋典』であるが、見たとおり、雨龍紋が多いことがうかがえる。
紋帖の代表として有名な『平安紋鑑』では龍紋の数はもう少し多いのだが、それが本当に家紋として継承されてきたものかどうかが疑わしい節がある。

私は2011年の四月頃から「家紋研究家」を名乗り始めるとともに京都の墓地を巡ることに決めた。
いつ何時、この京都にも大地震が起こるかもしれない。壊滅的被害になるかもしれない。
それは311の惨状を見て、家紋という文化が次の世代、その次の世代へと、残していけるよう、繋いでいけるようにという私なりの考えがあってのことだった。
今では170カ所を越える墓地や霊園を調査してきたが、龍紋は先にも触れたとおり、大陸系の家で希に見ることが出来る。
他に龍紋で見かけるものといえば、玉持ち龍の爪紋や龍剣に一文字紋などである。
雨龍紋との出会いはやはり非常に少ないが、それでも4つほどは発見している。

雨龍(墓石)
雨龍

右図は実際は私が発見した雨龍紋の一つで、最もオーソドックスな雨龍紋である。
冒頭でも挙げた図版と同形である。
他に見つけた雨龍は「抱き雨龍に~」というものである。
ここではあえて写真の掲載は控えておくが、「抱き雨龍に平四つ目」や「抱き雨龍に木の角字」という紋を見つけている。
「抱き雨龍」とは雨龍が双龍のように中央に入る意匠を抱き込んでいるかのような形状のもの。
下に『日本家紋総監』に載るものを3つほどご紹介しておく。

雨龍(墓石)
『日本家紋総監』に載る抱き雨龍

見つけた雨龍紋の使用家はいずれも大陸系ではなく、日本の家のものであった。やはり雨龍は日本独特の進化を遂げた親しみやすい龍神さまなのだろう。

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第八話 「成長の象徴である瑞龍の正体。その可能性」

霊亀山天龍寺(天龍資聖禅寺)
天龍寺
瑞龍山南禅寺(太平興国南禅禅寺)
南禅寺

意外と知られていない、というか気づいておられない方も多いのだが、実は有名な京都の寺である「天龍寺」と「南禅寺」では寺紋が雨龍なのである。(右図版参照)
天龍寺は霊亀山天龍寺(天龍資聖禅寺)という。文字通り寺名からこの紋を用いているのだろう。
天龍寺は何となく分かるが、南禅寺はどうだろうか。
南禅寺は瑞龍山南禅寺(太平興国南禅禅寺)というが、その山号に「瑞龍」とあるのが分かるだろう。
下記の写真は実際に私が撮影してきたもので、よく見れば双方の寺では様々な所で雨龍紋を見かけることが出来るので、これを読まれた方は今後行かれた時は是非、雨龍探しもして頂きたい。瓦にも刻まれているので是非。

天龍寺
天龍寺で見られる雨龍の一つ

南禅寺
南禅寺で見られる雨龍に見られる一つ

これら二つの寺で応龍のような龍ではなく、何故雨龍を使っているのか?
それについては寺から明確な答えは見つからないが、可能性は二つ考えられる。
一つは天皇を最高位の龍(応龍など五爪龍)として、謙遜などの意味がある。
一つはこれからの成長を期待するということ。つまり龍を目指して徳を積むという意味。
このような意味合いがあるのでは無いかと私は考えるのである。
しかし双方の寺が禅寺ということも興味深いものがある「。

さて、『歴史読本』では雨龍を「成長する瑞龍」として話を締めくくっている。
身近に感じられる龍神という意味以外にもこれからの成長を重ねる、そんな意味があるのではないだろうか。そんな風に私は捉えている。
雨龍紋の基本となるデザインは冒頭で挙げたものだ。
あの雨龍は上に向いている。つまり天をこれから目指そうとしている様子を描いているのかもしれない。

そして残念ながら『歴史読本』では文字数の制限でやむを得ずカットしてしまった話がある。
この話を原文のまま、以下に掲載するとともにこれを締めとさせて頂きたい。

雨龍

雨龍に隠された最後の謎
2013年7月の暑いとある日。京都の我が工房で日本家紋研究会京都家紋研究会の会員が集まった。そこで雨龍紋を皆で見ていた時のことである。
雨龍の頭部を見て、「団扇のようだ」という話になった。(右図、赤で縁取った箇所)
そう言われてみると確かに団扇のようにも見える。
「まるで諸葛亮孔明が使っていた団扇のようだ」と私も続いた。
思えば赤壁の戦いで孔明は儀式を行い、暴風を呼ぶ。
これは気象を読んだ結果であり、嵐が来るのを読んだのだろう。この儀式は雨乞いに通じるものがある。そして孔明は「臥龍」とも呼ばれていた。地に眠る龍。つまり表舞台に出てこない才あるものであると。
もしかすると雨龍のデザインには諸葛亮孔明の伝説も秘められているのかもしれない。

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オマケ1 「大宮華紋」

大宮華紋の雨龍をご紹介しておこう。
もちろん制作は我が父である森本景一によるものだ。デザインも紋帖に載る雨龍と同じではなく新たにデザインをおこしたものである。

雨龍(大宮華紋)

雨龍(大宮華紋)

最後に雨龍では無いが、龍紋の大宮華紋を掲載しておこう

龍(大宮華紋)

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オマケ2 「大宮華紋ハンカチ」

雨龍

数年前、とある事柄から「ハンカチ」を作ることとなった。
家紋を入れることが前提での依頼であったため、父森本景一とそのモチーフに悩んだが結果として雨龍を選んだ。
父が紋帖『平安紋鑑』の「左雨龍」をモチーフにリデザインした。
二人で色々と話し合った結果、「いつもは天を見上げるだけの臆病者を輝かせてやろうではないか」という結論となり、神々しくさせ、雨龍を下に向かせることとしたのである。
それを私がPCに取り込み、父の指定の色に彩色を行い、なおかつ自分自身でアレンジを色々行った。
雨龍の位置は「日」を表す雰囲気で白ベースとして、まるで雨龍が輝いてるような印象とした。
ベースの「赤」はその当時書籍『女紋』が完成した頃であったということもあり、商品そのものにインパクトを与えたかったということでこの色とした。
少し見え隠れする「雲ぼかし」は父の創る着物「色想きもの」でよく使うものを使用。
左下には「大宮華紋」をイメージした落款(らっかん)風のロゴも入れた。

雨龍(大宮華紋)
大宮華紋「雨龍ハンカチ」

雨龍(大宮華紋)
大宮華紋「雨龍ハンカチ」
雨龍部分のアップ

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京都家紋研究会

家紋を探る(ブログ)

森本景一
1950年大阪府生まれ。
染色補正師、(有)染色補正森本代表取締役。日本家紋研究会理事。
家業である染色補正森本を継ぎながら、家紋の研究を続け、長らく顧みられなかった彩色紋を復活させる。
テレビやラジオなどの家紋や着物にまつわる番組への出演も多い。
著書に『大宮華紋-彩色家紋集』(フジアート出版)、『女紋』(染色補正森本)、『家紋を探る』(平凡社)があるほか、雑誌や教育番組のテキストなどにも多数寄稿している。

森本勇矢
染色補正師。日本家紋研究会理事。京都家紋研究会会長。1977年生まれ。
家業である着物の染色補正業(有限会社染色補正森本)を父・森本景一とともに営むかたわら、家紋の研究に取り組む。
現在、「京都家紋研究会」を主宰し、地元・京都において「家紋ガイド(まいまい京都など)」を務めるほか、家紋の講演や講座など、家紋の魅力を伝える活動を積極的に行なっている。
家紋にまつわるテレビ番組への出演や、『月刊 歴史読本』(中経出版)への寄稿も多数。紋のデザインなども手がける。
著書に『日本の家紋大事典』(日本実業出版社)。
ブログ:家紋を探る京都家紋研究会



大宮華紋森本


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