女紋 -おんなもん-

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染色補正師から見た女紋

私は染色補正師(せんしょくほせいし)という職業柄、紋入れ加工にもずっと関わってきた。時折、紋入れ加工の間違い直しの仕事が入って来る事がある。

間違い直しとは「顧客の希望とは違う紋に上がったものを正しく加工し直す作業」の事である。紋名の伝達間違いやうっかりとしたミスなら分かるのだが、私が不審に思っていたのは、「丸付きの家紋を丸無し」で上げてしまうというミスの事である。
この間違い直しの依頼は決して少なくない。このミスは業者が「丸付き家紋を顧客の了解なしで丸を外してしまった」というものである。
何故このような事が起こるのか。それはやはり業者の知識不足にある。着物に入れる家紋を「女性の場合は丸を外す」という習慣は意外と多い。しかしそのような習慣が無いところもまた多いのだ。これは業者が「お互いの習慣に違いがある」という事を知らずに起こした間違いなのだ。つまり業者側にはそれが「ミス」であるという自覚が無い為に招いたトラブルとも言えるのである。

このようなトラブルは非常に多く、現在でも多々起こっている。実際に「女性は丸を外すものだ」と顧客に説明している光景を散々目の当たりにしてきた。中には何でも「陰紋」を薦める業者までもがいるから驚きだ。
私自身そのような勝手なアレンジが不思議でならなかった。どうして顧客も業者も家紋を大切にしないのか。やがて私は女紋というものの存在に気づき、興味を抱いていったのである。

我々は紋入れを依頼通りに加工するだけの立場であるため、男女兼用の家紋であるか、女紋であるかは知らされない。また中間業者でさえも分からないのだ。分かっているのは消費者(顧客)と売り手である呉服屋だけなのである。
そこで丸の有無を依頼先別に分類してみた。すると丸付きは関東から北にかけての地域が圧倒的に多い事が分かった。また、それらの地域からの紋名依頼書には「丸なし○○」と書かれているのも目立つ。つまり丸付きが多い地区では「家紋には丸が付くもの」だと解釈され、丸の無い家紋は特別注文と判断されるのである。
基本的に家紋の原型には丸は無い。丸はあくまでも数ある変化系の一つのパターンにすぎないのだ。この事実を知らない業者が意外と多いのだ。
我々への加工依頼で丸の付かない紋に対し「丸なし○○」と伝票などに書かれていると、真っ先に「丸」という文字が目に飛び込んでくる為、先入観などで丸付き家紋と読み違えたり、勘違いしてしまう恐れがあるのだ。
私は間違いを避けるために以上の事を説明するが、決まって「先方の依頼書通りに書きました」とこのような突拍子もないような答えが返ってくる。今後書き方を改めて頂くようお願いをするのだが、先方まではなかなか声が届かないのである。

私がウェブサイトを持つようになってからは全国という幅広い範囲から仕事の依頼や情報、そして質問などが集まってくる。中でも女紋についての質問が圧倒的に多い。全国各地の習慣の違いからくる内容がほとんどだ。
女性の紋は丸無しなのに着物雑誌掲載のモデルに丸付きの紋が多いのは何故?
このような面白い質問まである。もちろんこの質問は関西からである。
この答えは「出版社が女紋のない東京だから」に尽きる。

私が女紋に取り組み出したのは、この各地の習慣の違いの謎に少しでも近づくことが出来れば、という探求心。そしてそれがあらゆるトラブルを少しでも避ける事に役立てれば、というような思いからであった。
それは我々染色補正師がそのような間違いに最も数多く接触出来る職種なのだから。