女紋 -おんなもん-

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業者の都合

石持ち
石持ち

礼装用紋付き着物の場合、誂え染めでは家紋の名称が予め分かっているため、地染めの段階でその紋章の形に防染糊(ぼうせんのり)を置いておく事が基本である。しかし大半を占める既製品や作品の場合、顧客に売れた時点で初めて紋入れ加工となる。
その場合、色物では顧客の紋章の形に紋場を漂白する。しかし黒染めの場合は漂白が困難であるため、通常であれば、製品を染める前に白生地の段階で石持ち(こくもち:円の形に白上げ)に防染糊を置く。石持ちで染め上げるのはどのような紋章でも加工を可能にするためである。

このように紋入れ作業の工程が、色物と黒染めで変わってくるために浮上してくる問題がある。ここでもまた丸の有無が持ち上がってくるのだ。
黒の場合は石持ちからの紋入れ作業であるため、丸付きの方が作業しやすく出来上がりも綺麗なのだ。丸無しでは石持ちの円を消さなければならず、その分作業に手間取る。また色物の場合は染め上げた製品を紋章の形に抜染するが、その際に丸などの外枠は無い方が作業しやすい場合が多いのである。
これらはあくまで加工業者や職人達の都合であり顧客には関係がない
黒は礼装ですから、家紋は丸付きの方が格も上がり、収まりもいいですよ。
色物の場合は女性らしく、丸を外して女紋に!
もしもこのような加工業者側の声が、お召しになる方々に届いたとしたらどうであろうか。業者の都合だけで大切な習慣や風習を変えてしまう事になりかねないだろう。

話は変わるが、代表的な紋帖の一つ「平安紋鑑」の初版には、現在出版されているものに掲載されていないカラーページが存在していた。そこに「藍鏡」というものが紹介されている。これは紋場の丸い平面を鏡に見立てた彩色技法である。元々は古い友禅技法で他に「紅鏡(べにかがみ)」「白鏡(しろかがみ)」などもある。
いつ頃からかは定かではないが、この技法が紋章にも一時期取り入られていたようだ。それは丸と中の家紋との空間を本来は地色で表現するのだが、藍鏡ではその部分を藍色で表す。つまり地場ではなく紋場として別の捉え方をしてしまうのである。
これは石持ちからの紋入れの際に、丸の中の隙間を地色に合わさなくても良いという一種の逃げであろう。しかしまたそこに別の美しさを感じる事が出来る。「逃げ」も突き詰めればまた一つの芸術になるのかも知れない。

藍鏡(あいかがみ)
藍鏡 藍鏡 藍鏡 藍鏡

丸の有無も「逃げ」であったとすればどうであろうか。そこに「美」を感じることが出来ればこれも芸術なのではないだろうか。しかしこれは家紋の意味を失う可能性を秘めた諸刃の剣なのかも知れない。