女紋 -おんなもん-

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おまけ 「我が家の女紋って?」

さて最後に我が家(森本家)の話である。
我が家の家紋(定紋)は割梅鉢(わりうめばち)である。(家紋研究参照)家紋に携わる職業でありながらも、未だに我が家以外でお目にかかった事の無いという珍しい家紋である。
私は幼い頃から深く家紋とは関わってきたが、どうも我が家で女紋らしきものを見た事がない。ひょっとして私が知らないだけで実はあるのではないだろうか?

子供の頃から父に「我が家の先祖は奈良郡山の森本村の庄屋だった」と聞かされてきた。森本村は現在では天理市の森本町となっているらしいが、果たしてその庄屋であったのはいつの時代なのか、またそれ以前の事も資料が無いので分からない。
それに我が家には代々伝わる菅原道真の掛け軸がある。これは奈良市にある喜光寺(きこうじ:旧菅原寺)からの縁のものである。加えて、割梅鉢は菅原家の梅鉢の変化形である事からも我が家はただの家ではない、由緒ある女紋がきっとあるはずだ。とそう確信し、両親が健在のうちにと思い、母に尋ねてみた。
「さあ?そんなん、うちには無いわ〜。昔はな、みんな五三に桐やったやろ。せやから、うちには無いわ〜
意味不明である。この人は何を言ってるのであろうか?他人が聞いたら理解不能であろう。
要約すると母方の祖母は五三の桐(通紋)を付けていたようだが、母は五三の桐を女紋ではないと思っているようだ。
続いて父に尋ねた。
うちは、そんな女紋があるような家柄ではあらへん
それだけである。

我が家はごく普通の庶民であった。